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さて、この映画いかがなものかと?

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「えんとつ町のプペル」を読んでみた 好きではないが良い事を言う!

雑記

お笑いコンビ「キングコング」の西野亮廣君が出された絵本を読みました。

ネットでも話題になっている、「えんとつ町のプペル」です。

送料無料の2160円で注文しました。

 

 

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しかし、本が届くまでにはまだ時間があので、それまで待つのも面倒に思い、フライングをしてネットの上で読んでしまいました。

作品をアップした先のサイトには少々文句がありますが、イメージの状態(明るさやカラー)も良く、かなり目を引く綺麗なページに仕上がっています。

子供にとって2000円の絵本を買うのは大変でしょうから、こうしてネットで無料で読めるのなら、彼のアイデアもそう悪くはないと思います。

 

一部からは非難も上がっているようですが、「そんなの関係ね~!」です(よく使うな)。

そこで、彼に対する数々のバッシングについて、少し私見を述べることにしました。

ただし、私は西野君のファンではなく、飽くまでもアートに関して擁護する側の人間としての意見です。

 

あまり長く書く気もないので、ここは「サラッ」と参りましょう。

それでは、西野君に対して寄こされた、数々のアンチな意見を見てみましょう。

 

 

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1. クリエイターに金が入らなくなる

 

まあ、何を根拠にこう言うのでしょうかね?

クリエイターとは言ってもピンキリですから、時給制で働く人もいれば、コミッションベースでお金を取る人もいるでしょう。

ロイヤリティー(印税ね)が入るのは作者だけですから、クリエイターさんには無関係です。

 

たとえ共著(もしくは共同制作者)としても、そこは契約があるでしょうから、利益は保証されているはずです。

クリエイターが薄給で仕事をしているのは事実ですが、それも自由競争の中では致し方ありません。

もし、それだけの額を手にしたいのなら、作らされる側から作らせる側にシフトするしかありません(ジブリの宮崎駿さんのように、プロデュースすれば大金が得られます)。

 

 

2. 無名の作品が売れなくなる

 

マスターピースと呼ばれる絵画が、そしてそれを作った芸術家が、全くの無名で売れない時期を過ごしていた頃は、娼館で作品を飾って売っていたこともあるほどです。

少し絵を描いても売れるようになったのは、ネット環境が整い始めた20世紀の終わり辺りからです。

それでも、下手な奴は下手、三文アートには一文の価値も与えられません。

 

たとえ、メディアで注目を浴びた作品でも、実際に目の当たりにすれば印象が変わって見えたり、想像していたほどには購買意欲を刺激されなかったりもします。

他人が評価したからと言って、自身にとっても価値があるわけではなく、写真では興味も湧かなかったような作品が、実物を見た途端に夢中になることもあるのです。

ギャラリーのオープニングでは売約済みのピンが立っていても(販売中の作品にね)、しばらく時間が経てば気の変わるような客は履いて捨てるほどいます。

 

アート業界はカット・スロート・ビジネス(cut-throat business)と呼ばれていて、裏切り、抜け駆け、出し抜きなどの反則技も珍しくなく、それこそ外道やゲスばかりが巣食っているような世界です(今では少しマシかな?)。

そんな中にありながら、無名の作品が売れないなどとは単なる泣き言でしかありません。

アート作品を売りたいのなら、とにかく人に強く訴えられる何らかのアピールポイントを持つか、上で書いたような反則技をするしかなく、それでなければ過当競争には生き残れないのです。

 

コンペティションに勝つ(作品展で入賞するとか)とか、お金持ちに買ってもらうとか、YouTubeに作品の動画をアップして地道に露出を増やすとか、ドラマのセットの一部として飾ってもらうとか、その方法は探せばいくつでも見付かります。

西野君の場合は、彼のもっともアドバンテージとなる部分を生かしたに過ぎず、傍から見ればラッキーでしょうが、総スカンを食らうケースも考えられる諸刃の剣とも言えるのです。

私は試しに買ってみましたが、そうかといって彼の絵本が気に入っているわけではありません。

 

無名アーティストの作品が売れないのは当たりまえ!

売りたければ、人が買いたくなる作品を作るしかなく、それには時間がかかります。

西野君の作品が無料で配られたからと言って、名もない作家の作品が売れなくなる理由にはなりません。

 

 

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3. 西野亮廣は分業作家だった!

 

 

作業に加わったクリエイターの名前をクレジットとして残すのは当然ですが、それが必ずしも目立つ場所に掲載されるとは限りません。

映画でも、制作に携わる人は数知れませんが、彼らの全てが脚光を浴びることはないのです。

彼らは要所要所のプロであり、だだそうすることに誇りを持って参加しています(日本ではどうか知りませんよ)。

アンチ西野を掲げる人は、とかく絵本の制作に加わった人を全てクローズアップしたいようですが、それは無理と言うものです。

 

さらに、「西野は分業で絵本を作った!」と息巻く人もいるようですが、先にも挙げたマスターピースの多くが分業によって描かれています。

どの作品とは言いませんが、X線を当てて非破壊検査を行ったところ、筆の跡が一種類ではなく、何人もの筆が使われて制作されていたのが分かっています(筆圧が違うので一目瞭然なのです)。

日本古来の版画(浮世絵)は、一人の作家が全ての工程を行うのではなく、数人の手を経て一枚の絵が完成します。

これはどう見ても分業です(勿論、全てを一人で行う人もいます)。

 

「カイカイ・キキ(Kaikai Kiki)」や、ルイ・ヴィトンとのコラボ作品で一躍有名になった村上隆氏なども、彼自身が最初から最後まで作ることなどはほとんどありません。

作品ごとにプロジェクトチームを結成し、全てにおいて事細かく支持を与え、作品を作るのはお弟子さん(?)や雇われた作家さんです。

しかし、完成した作品のクレジットは村上隆氏が持ち、制作に加わった他の人は名前すら出てきません。

 

酷い場合は、完成品にサインだけをして、あとは他人に丸投げするアーティスト(?)もいます。

しかも、その作品がハリウッドセレブに買われて、数千万から数億の価格で取引された前例もあります。

もっとも、この男はその後業界から雲隠れしたようですが。

 

アートの世界では、分業はもはや常識です。

むしろ、それをとやかく言う方が時代遅れと見るべきです。

 

 

終わりに

 

西野くんの絵本については、それほど言うことはありません。

巷の評価が、それを十分に表していると思います。

イメージはメルヘンチックで受けるでしょうし、文章もリズミカルではないでしょうか。

 

子供が読めば感動する作品だと思います。

ただ、私のような根性の少し曲がった大人には、何やら物足りなさを感じます。

ストーリーは分かりますが、郵便屋が落とした心臓とお父さんの〇〇は?

 

ちょっと、突っ込まれる要素が多いような気がします。

ハロウィンに当てて書かれたストーリーのようですが、少々的が外れているような……。

絵には見せるものがあるのですが、文章には今一つの努力(説得力)が必要に思います。

 

絵本は、ある意味小説よりも難しいのかもしれません。

それでも数十万部の販売実績があるのですから、世の中はまだまだ不思議で溢れているようです。

西野くんの、今後の活躍を願っています。

 

 

吉と出るか凶と出るか、近年久しぶりの大博打ですな。

wwptalk.hatenablog.com