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七夕の物語は実は大人向けだった!伝説の由来と登場人物を解説

 7月7日と言えば、言わずと知れた七夕です。

この日の夜空に天の川(Milky Way)が見えればいいのですが、雨に霞むと悲しむ人もいるようです。

それが今回お話しする主人公なのですが、それは後のお楽しみ。

 

 

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世間様のブログには、いかにも七夕を美化したお話が満載されていますが、ここではいささかうがった見方をしてみたいと思います。

子供にはけっして教えたくない、七夕伝説のダークサイドを暴きます(今日は全編を通してダークです)

それでは、張り切ってどうぞ!

 

 

目次

 

 

七夕の由来

 

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七夕の物語(伝説)をお話する前に、先ずは七夕の由来から見てみましょう。

7月7日が七夕と呼ばれるようになったのには、嘘か誠かいくつかの説があります。

 

もともと、この日は、暦の上では五つある節句の一つです。

 

 

wwptalk.hatenablog.com

 

 

節句については上の記事で書いていますから、また時間があれば読んで下さい。

 

5月5日が端午の節句であるのに対して、この7月の節句をたなばたと称するようになりました。

さて、この日が節句の一つであることが分かったところで、そろそろ七夕の由来についてお話しましょうね。

 

大雑把に説明すると、3つの説が有力です。

 

1. 日本の神事から伝わった説

神様に捧げる着物を織った織機(しょっき)を棚機(たなばた)と呼びます。

そして、この神事は7月7日に行われたことから、たなばたがこの日の通名となりました。

 

2. 乞巧奠(きこうでん、きっこうでん、きっこうてん、きぎょうでん、読み方色々)

これは、その昔(平安時代から行われていた)宮廷の女性達が、針(ヒサギの葉1枚に金銀の針をそれぞれ7本づつ刺して)の穴に美しい彩りの糸(五色の糸)を通し、捧げ物を庭に並べて針仕事の上達を願ったことに由来しています。

7月7日の夜半から翌朝にかけて、夜空の星を見ながら願ったと言われています。

 

3. 中国版ロミオとジュリエットの物語

中国の古い物語の一つに、牽牛(けんぎゅう)と織女(しょくじょ)の恋愛話があります。

これが今回メインとなる物語なので、ここではまだ説明しません。

ただ、愛する二人が引き離されて、「今月今夜のこの場所だけで会うことを許される」といった限定条件を伴ったストーリーです(金色夜叉みたいです)

 

どのお話もそれらしくは聞こえますが、七夕と呼ばれるようになった決定打には欠けますね。1. が一番有力かもしれません。

 

えらいこっちゃ!

 

 

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何故か七夕には天の川がつきもの

 

七夕で思い出されるのが、短冊と笹の葉です。

 

 

笹の葉さらさら、軒端に揺れる、お星様キラキラ、金銀砂子。

五色の短冊、私が書いた、お星様キラキラ、空から見てる。

 

 

権藤はなよ氏と林柳波(はやしりゅうは)氏によって作詞され、下総皖一(しもうさかんいち)氏の作曲で生まれた日本の童謡です。

この歌の説明はあえてしません(意地悪でしょ。ダークサイドですから)

 

しかしながら、この歌には七夕の由来の部分で説明した事柄が、そこはかとなく散りばめられているのが分かります。

 

例えば、金銀砂子(金箔銀箔を粉末にしたもの)は金と銀の針を意味しているとも考えられ、五色の短冊は五色の糸から来ているとも取れます。

それに、お星様キラキラは、天を流れる星の川、あの天の川を指していると考えられ、7月7日の夜半から翌朝にかけて見ていた夜空(宇宙)と合致しています。

 

なぜまた天の川なのかと言えば、それはこれからお話します。

 

 

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七夕伝説はこうして生まれた

 

そもそも、七夕をスペースオペラ調に仕立てたのにはワケがあり、それは中国のある恋愛物語がベースになっているからです。

 

中国には地方色豊かな戯曲がたくさん残っており、その中には天に暮らす神々の話があります。

かなり破茶目茶な話もありますが、中国4000年の不思議が詰まっているので、ここはあまり深く詮索しないようにします。

 

 

新説「牽牛と織姫は実はこんな人達だった!」

 

天地創造の神とは違い、どこかの名も無き神様の身内のお話です。

その家族は天上(宇宙)に住み、彼の一人娘は機(はた)を使った織物が得意でした。

 

どうにも設定が甘々ですが、とりあえずは大目に見ておきましょう。

 

神様の娘は機織りが唯一の生き甲斐で、明けても暮れても織物ばかりを作っていました。

ただ、この織物は非常に評判が良く、他の神様の間でもひっぱりダコでした。

やがて、彼女も結婚適齢期に差し掛かりますが、周囲には男性の影も見えず、そのままでは行かず後家になってしまいそうでした。

 

娘のことを気に病む神様がある日川辺を歩いていると、そこに牛飼いの男の子を見付けました。

牛飼いは、見るからに田舎者で、純朴さを絵に描いたような男性でした。

「これなら、世間知らずのうちの娘とも上手く行くに違いない」と考えた神様は、神様の権限で二人を夫婦にしてしまいました。

 

「二人の意思はどこ行ったんや? 自由恋愛と違うんかい?」と突っ込みたくなりますが、ここもとりあえずは目をつむっておきましょう。

 

牛飼いの男の子が意外とイケメンで、しかも神様の一人娘も引きこもり気味とはいえかなりの美女でしたから、双方からは何ら文句も出ずに祝言に至りました。

さて、神様の力で半ば無理やり所帯を持たされた二人ですが、お互いに異性慣れしておらず、やることなすこと失敗だらけでした。

しかし、ある一つのことには相性が合ったらしく、仕事も忘れてそちらばかりに夢中になっていました。

 

何に相性が合ったかは、あなたのご想像にお任せします。

ただ、若い男女がハマるあれです(最近は離れる傾向にあるようですが)

 

それまでは機を織ることに一生懸命だった織姫(機を織るから織姫ね。安易でしょ)と、牛のことしか頭になかった牽牛(牛を引っ張るから牽牛ね。これまた安易な)は、いつの間にか仕事をそっちのけでそのハマり事に心を奪われていました。

 

この二人、仕事こそは地味ですが、滞るとそれなりに支障が出ます。

 

織姫の作る織物は天の住人の着衣になるので、作られないと苦情が出ます。

牽牛が牛を放置したままにしておくと、畑の作物は勝手に食うは、穀物の倉庫は食い荒らすはで、それはもう町の駐在さんも大忙しな事態になります。

しかも、それがまた神様の娘婿ともなれば、神様の信頼は失墜し、誰も貢物を持ってこなくなります。

 

彼ら二人が働かなくなると、その矛先はダイレクトに神様に向きました。

神様は針の筵の上に座らされているような、終始居心地の悪さを感じることになりました。

 

勿論、神様が彼らを注意したのも二度や三度ではありませんでした。

しかし、その度に心を入れ替えて仕事に励むと約束するのですが、どうにも約束が守られたことはありませんでした。

 

 

やがて、業を煮やした神様は、またまた神様の権限で、二人を無理やり別れさせてしまいました。

もはや、依存症を通り越して中毒気味になっていた二人は、お互いの存在無くしては生きることも出来なくなっていました。

別れさせられたのも束の間、またまた神様の目を盗んでは逢瀬(デート)を交わす二人。

やがて、それも神様にバレてしまい、とうとう14光年を隔てた場所へと飛ばされてしまいました。

 

 

織姫はベガ星に、牽牛はアルタイル星に暮らすことを余儀なくされるのですが、会おうとすると巨大な天の川が二人の間に立ちはだかります。

しかも、天の川に辿り着くまでにも相当な時間がかかり、そうそう頻繁には会えません。

結局、神様を通じて話し合いをした結果、7月7日の一日だけを、二人水入らずのパーティーピーポーになることを許されます。

ただし、天の川が磁気嵐で渡れなくなることもあり、この日に必ずしも織姫と牽牛が会えるとは限りません。

その日、カササギ(さしずめ宇宙カササギですな)天の川周辺を飛んでいる場合は、そのうちの一匹を捕まえて囮にし、来た仲間を捕まえては橋渡しをさせます。

とは言え、毎回そう上手く行くこともなく、未だに会えない日があるということです。

 

 

自身の責任も果たさずに、一日中好きなことばかりに興じていると、こういった痛いしっぺ返しに会うといった教訓話が、七夕伝説の真相です。

 

 

とまあ、以上が7月の7日、天の川の辺りで繰り広げられる愛のステージであり、それをして七夕の伝説と称しているわけです。

いかがでしたか、ロマンもへったくれもないでしょう!?

 

 

そういうことで、七夕の伝説は本来子供向けではないのです。

 

 

終わりに

 

今回の七夕伝説は、故事に基づいた私の創作です。

けっして真実ではありません。

これを真に受けてクレームは付けないで下さい。

 

最後に一つだけ、まともなお話をして締めくくりたいと思います。

 

7月7日に降る雨を、巷では催涙雨と呼んでいます。

その名の如く、涙を流させる雨という意味ですが、それは牽牛と織女が会えないことを憂う雨です。

天気が悪くて天の川の水かさが高くなり、川を渡れない二人が、それぞれの岸で「会えないことを嘆く雨」とされています。

 

ロマンティックに聞こえますが、1000年以上もの間逢瀬を繰り返してきたなら、もう少し雨対策でも考えればいいものですが、恋に夢中な二人にはそれすら気が付かないようです。

 

現世に生きるあなたにとっては、願いの叶う七夕でありますように。

 

 

お天気つながりと言うことで。天日干しに一票!

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