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鋼の錬金術師が実写映画化?!人気マンガを実写化しても少しも面白くない日本映画

 

小説を映画化するだけでも大変なのに、マンガやアニメを実写化する愚行を再び犯そうとしている。

映画祭で多少は話題になっても、国外のマーケットでは全く相手にされない日本映画。

興行的には他のアジア映画に水をあけられる一方で、国内でも観客を集められない映画作りを続けている。

 

「進撃の巨人」や「テラフォーマーズ」の大失敗に続き、またも人気アニメ「鋼の錬金術師」の実写化に手を染めた。

同じ過ちを幾度も繰り返し、何も学ぼうとはしない日本映画業界、その迷走ぶりに拍車がかかっている。

 

 

divine.gungho.jp

 

目次

 

 

マンガ「鋼の錬金術師」とは

 

中世の化学的(または魔術的?)な技法により、最終的には金を創り出そうとしたのが、この錬金術だ。

詳しくは「錬金術」で調べていただけば分かると思うが、その歴史は深くまた内容は濃密で、少し読み噛じったところで何が何やらさっぱり理解できない。

何はともあれ、0から1を生み出そうとする神秘科学(?)であり、話によると人造人間(ホムンクルス)まで作ろうとしていたらしい。

神智学やオカルトにも似たところがあり、これまでにも多くの科学者に影響を与えてきた古い学問の一つと考えられる。

 

この錬金術を題材に、若くて探究心に溢れる青年(エドワード・エルリック)を主人公として描いたマンガが、今回ご紹介する鋼の錬金術師だ。

ストーリーについてはコミックスを読んでもらうとして、ここではアニメを実写映画にする愚かしさについてお話しよう。

 

 

アニメの制作は安くない

 

人気マンガの「進撃の巨人」が実写映画として公開されたのが2015年だった。

マンガやアニメの登場人物と、映画に出演したキャストのイメージにギャップがあり過ぎ、マンガファン並びに映画ファンからボイコットの憂き目にあった作品だった。

到底役者とは呼べないような芸能人が集結し、見るも無残な結果に終わった。

海外でのプレミアオープニングを催したが、クリティークからは酷評ばかりが寄せられた。

 

2016年には、同じく人気マンガである「テラフォーマーズ」の実写映画が作られており、原作とはかけ離れた有様に、劇場には閑古鳥の巣が作られつつある。

スニークプリビューを見る限りでは、変身後(ある薬品を注射することで昆虫や他の生物の能力を発現できる)の姿が緑色の般若だった。

いくら仕事とはいえ、演じている役者も気の毒だ。

監督か演出家の要望だろうが、酷いのを通り越して、もはや滑稽としか思えない。

 

それらを描いた漫画家にせよ、おおよそ想像していたのとは違う映像を見せられて、さぞかし憤っていることだろう。

 

以上のように、日本を代表するヒットマンガを、さもぶち壊すような映画にする理由は何だろう?

そこには、アニメ化による膨大な労力と予算の問題が関係している。

 

30分のアニメを作るだけでも相当な金が消えるという。

その額、実に数億円に上り、制作は単に時間と金の戦いとされている。

 

例え、予算に折り合いがついても、いざアニメーションを作るとなると、人と技術が覚束ない。

アニメーターの不足と、何日もの夜を徹して行われる作業に、業界全体が辟易している状態だ。

作りたくとも作れないのが現状といえる。

 

だが、そこへ来ると、実写ほど時間が計算できてアニメよりも手軽に作れる映像はない。

出来不出来にかかわらず、ファンの間で話題になりさえすれば、投資分だけは回収できるといった算段だ。

 

しかしながら、製作者の予想に反して、実写ほど危険を伴う作品は他にない。

大方の期待を他所に、ほとんどのアニメ実写映画は失敗に終わっている。

 

 

 

原作イメージとの隔たり

 

近年、実写映画化として成功を収めたアニメといえば、「るろうに剣心」くらいではなかったろうか。

失礼ながら、日本映画はそれほど見ないので、その他にも成功例はあったかもしれない。

だが、そんな日本映画とは一線を引いている私でも、ヒットした映画くらいは記憶の引き出しにしまっている。

私の気が確かなら~(高橋留美子さんの「うる星やつら」より)、ガッチャマンも、キャシャーンも、それなりには見られたが、少々話題になった以外には何も耳に届いては来なかった。

 

どんなアニメも、一部のコアなファンが後押ししている。

彼らがいることで、20年や30年前にアニメ化されたようなマンガでも現在に息吹を保っていられるのだ。

そんな彼らを蔑ろにしてまで、質の悪い実写映画を作るのは、ある意味自殺行為にも等しい。

一気に夢から醒めるばかりか、ネットではアンチな書き込みばかりが目立つようになり、二度と寝られないまでになってしまう(アニメファンはSNSに精通している人が多い)

 

彼らアニメファンが勝手に抱えているイメージでも、それが様々なイベントで共有され一体化することで、最終的には共通の認識となるようだ。

あながち、アニメのイメージは、ファンだけが持つ勝手気ままなアイコンではないと言える。

 

そんなファンが持つイメージを無視したような、製作者により歪曲されたイメージが甘受されるわけがない。

ただ原作に忠実に、余計なフレイバーを入れずに作ることこそ、アニメを実写化する場合の成功定義といえるのだ。

 

 

層の薄い日本映画界

 

アメリカの人口が3億であるのに対して、日本はわずかその半分にも満たない。

俳優の数にしても、アメリカの半分もいないことになる。

だが、実際にはそう単純ではなく、様々な人種の混ざったアメリカでは一つの役に就くにも相当なしのぎを削る必要に迫られ、常に狭き門を抜けねばならないことになる。

 

工藤夕貴が、「ヒマラヤ杉に降る雪」での主演を射止めるまでには、数限りなくオーディションを受け、そのほとんどに落ちている。

吉田栄作などは一つとして役をもらっていなかった。

田村英里子が人気ドラマ「ヒーローズ」で役を勝ち取ったが、あれは日本語が話せる日本人としての役どころであり、一般的な日系アメリカ人としての役ではない。

 

とにかく、ハリウッドで台詞の付いた役に就こうと思えば、並大抵の努力では無理だということだ。

それからすれば、プロダクションの力だけで主役に就ける日本の役者では、甚だ比べ物にはならない。

 

いくらファンがいようと、それはアニメのファンではないのに、なぜかいつも有名芸能事務所から主演が選ばれる。

今回の「鋼の錬金術師」における主役にせよ、相も変わらず演技の出来ない男性アイドルが選ばれた。

 

お笑い芸人の中でも今や古参に入るダウンタウンの松本人志さんは、はっきりと「人気マンガを実写化するのは賛成じゃない」と言っている。

当然と言えば当然だが、それがまた下手な役者(?)が主演とあっては、地団駄を踏むほどにやるせなくなる。

いい加減に、この傾向にはピリオドを打っていただきたいものだ。

 

何に付けても、高額予算をもって作られる映画には、しっかりとしたオーディションを催すべきだな(それも結局は出来レースとなるのだが)

 

 

終わりに

 

ただつれづれなるままに書いてきたが、要するに、ど下手な役者をいくら集めたところで、ろくな映画は作れないということだ。

それがアニメからの実写だろうが、行き着くところは皆同じで、見られた作品にはならない。

 

無理をして、頭に浮かんでこない映像を追ってみても、それがまともな映画になるわけがない。

むしろ作るなら、アニメの原作を題材にした、全くオリジナルの欠片もないような新作にするに越したことはない。

アニメの実写化は、せっかくの人気マンガを読まずに捨てるようなものである。

人が見て楽しめない映画しか作れないなら、初めから作らない方がましである。

 

鋼の錬金術師を見たいなら、アニメが一番おススメだ。

 

 

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