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さて、いかがなものかと?

暮らしに役立つ情報をメインとし、超常現象や都市伝説、さらに新作映画のレビューを掲載しています。

トップモデルは笑わない!マネキンでも代用可能なファッションショーとその理由

ファッションショーにおいて、トップモデルは常に無表情です。

ランクが上がるに従って、その表情は固く強張って見えます。

そこには確固たる理由があるようですが、聞いたところで分かるはずもありません。

現代ファッション業界の、歪んだ一面を見ているような気がします。

 

 

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美輪明宏さん曰く、今や世界は右傾化しているそうです。

その影響でしょうか、ファッションモデルも、表情で観客に対して圧力をかける時代になったようです。

 

 

そもそもファッションモデルとは?

 

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「ファッションモデルって何?」と訊かれて、あなたは明確に答えることが出来ますか?

簡単そうでいて、結構難しいのがこの仕事です。

正直なところ、私にはモデルとマネキンの違いが分かりません。

 

動くのがモデルで、動かないのがマネキンだとすれば、将来的に動くマネキンが現れれば、それはモデルと呼べるのでしょうか?

例えば、ASIMOやペッパーがさらに進化して、その形状がもっと人間に近付いて、あたかも人が動くように動作出来るようになったとき、はたして彼らをモデルと呼べるのでしょうか?

勿論、顔は従来の通り、ただ違うのは、服のデザインや素材に合わせて動きも変化出来るというところです。

 

あるサイトを見ていると、モデルとは以下のように説明されていました。

 

 ファッション雑誌や有名なコレクションのファッションショーに「ショーモデル」として出演し、洋服や靴を魅力的に着こなすことでブランドイメージを伝える被写体となること。

 

だそうです。

 

要するに、ブランドが発表する洋服や服飾品、または装飾品を魅力的に着こなすことで、そのイメージを伝えればいいわけです。

ところが、現在のファッションモデルには、笑顔は愚か、顔に表情を作ることすらタブーとされています。

 

 

笑えないファッションモデル

 

笑わないのではなく、笑えないモデルが増えているそうです。

日本のファション誌では、屈託のない笑顔を見せているモデルさんが多いようですが、これはランウェイの上でも同じです。

しかし、もう一段回ステージを上げると、そこには2メートル近い巨人達の待つ、鉄面皮な世界が広がっています。

 

超有名ブランドのショーや、名立たるコレクションのステージには、顔の表情筋を1ミリとも動かさないような、憮然としたモデルが溢れています。

彼ら(男女共)は、観客の目が顔に注がれる前に、全ての視線を服に集めようと考えます。

それが彼らの意志でそうしているのか、もしくはその裏にいる何者かの力でそうさせられているのか、何れにせよ笑顔を作らないのが暗黙の了解となっています。

 

そして、トップモデルとして10年のキャリアを誇るイギリスのモデル、タイ・オグンコヤ(Ty Ogunkoya)さんは、

 

「モデルは笑わない。とにかくそういうものなんです」

 

と言います。

 

他にも、新星モデルのマチュー・ビヨ(Matthieu Villot)さんは、

 

「見せたいのは服であって、私たちの顔ではありません。笑えば、服ではなく顔に注目が集まってしまうから」

 

とし、笑顔が禁止だという暗黙の了解が存在するのは明確だと語ります。

 

とは言え、今のようにモデルが一切表情を見せなくなったのはここ最近らしく、それまではステージ上で破顔するモデルも珍しくはありませんでした。

 

 

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無表情のモデルはマネキンと同じ?

 

上でも書いたように、今後AIの能力がさらに進化し、モデルと全く遜色ない動きが出来るマネキン(ロボット)が製造されれば、もはやモデルの存在理由はなくなります。

表情豊かに感情を表現し、その雰囲気で観客を魅了するのは、もはやモデルの仕事ではなくなったようです。

鉄面皮で、何を言っても通じそうにないただの歩く人形になることが、最近のモデルに課せられた仕事だそうです。

 

それでいて、ルックスが際立っているからと俳優業に転向する人がいるのですが、これはとんだ間違いです。

いかに肉体に商品価値が見出されようと、それを動かす心が不在では、感情を伝えることを生業とする俳優は務まりません。

マネキンにモデルは務まりますが、よほど内面の充実を図らない限り、モデルに俳優は務まりません。

 

最近のエンターテイメントの世界では、極稀にですが、「こんな感情表現の方法ってあったっけ?」と思えるような、仕草や演技を見かけることがあります。

特に、20世紀以降に制作された映画には、今ひとつ感情移入するのが難しくなって来ているようにも感じられます。

私の思い違いならいいのですが、ときどき心が「えっ?」となり、自身の感覚を疑うこともしばしばです。

 

感情表現のおかしな俳優と、笑顔になれないモデルとの因果関係は明らかではありませんが、情緒における何かが欠落した演技をする若手俳優が増えているのは確かです。

 

 

終わりに

 

ロバート・デ・ニーロが演劇学校に通っているとき、ステージの上で木の演技を2時間も続けていたことがあるそうです。

しかし、出演者の誰もがそれに気付かず、全ての劇が終わるまで何一つ違和感は無かったと言います。

どうすれば、2時間もの間木になり切ることが出来るのか、凡人の私には想像することさえ不可能です。

 

マネキンのように表情を忘れ、そうすることで観客の視線が服に集まると考えるモデル達は、少なくとも心の働かせ方を間違っているようにしか思えません。

もし、ペッパーが女性の姿をし、女性モデルの動きをプログラムされたとすれば、ただランウェイを無表情に歩く彼女達と何ら変わらないように思います。

人が着るからこそ、人が着たくなる服になる、のではないのでしょうか。

 

モデルが、AIを搭載した動くマネキンに取って代わられる日も、そう遠いことではないのかもしれませんね。

 

 

ある意味、ここに登場する人も、心の働かせ方を間違った人、かも知れません。

wwptalk.hatenablog.com