さて、いかがなものかと?

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せつぶんと鬼の関係 2月3日は邪気を祓って幸運を招くべし!

平安京エイリアンが流行したのは、かれこれ30年ほど前の事ですが、その昔、鬼は実在すると信じられていました。

この鬼を退治するために、毎年行われるのが、2月3日の豆まきです。

この日はせつぶん(節分)とも呼ばれ、冬から春に変わる節目に当たります。

 

古来より、鬼は想像上の生き物とされて来ました。

日本の各地には、鬼に関する寓話や逸話が数多く残っています(都会にも鬼はいるかもしれません)。

今回は、2月3日の豆まきにちなんで、この鬼の正体を探ってみようと思います。

 

 

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ぜひ、このせつぶんには、日頃から溜まった邪気を祓って幸運を招き入れましょう。

 

 

鬼とは?

 

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想像上の生き物とされていますが、はたしてその一言で片付けてしまっていいのでしょうか?

人の運勢を語るとき、鬼は必ず話の端に上ります。

占いとは切っても切れない関係があり、厄を祓うと言えば、すなわち鬼を退治することを意味します。

 

映画「陰陽師」では、都を治める皇族を襲い、彼らと対峙したのが安倍晴明でした。

夢枕獏(ゆめまくら ばく)さん著の同名小説は、累計500万部も売れ、日本だけではなく東南アジアにも陰陽師旋風を巻き起こしました。

安倍晴明が様々な呪法を操って鬼を退治し、祈祷師として都を守るのがそのストーリーでした。

 

映画の中でも登場する鬼は、憎悪や恨みによる怨念が、人に取り憑くことで生まれました。

鬼に変わると理性も心も失われ、その力はもはや人間の手には負えないほど強大でした。

ところが、特別な修行(?)により魔術を身に着けた陰陽師は、そんな人外魔導の力にも打ち勝つことができたのです。

 

とにかく、当時から鬼は想像を絶する力を秘めていたようで、今でも強さを表現する場合には「鬼のように強い」などと言います。

しかし、そんなに強い鬼でさえ、陰陽師の力に頼らずに退治できる方法がありました。

それが、毎年2月3日になればまく、だったのです。

 

 

鬼の歴史

 

旦那さんが午前様になった時、自宅で彼の帰りを待つ奥さんは、まさに鬼の形相と化しています。

そうです、鬼は女の人の体に取り憑き、家庭に隠れて現在まで生き永らえて来たのです。

と言うのは冗談で、鬼が生まれたのは中国であるという説が最も有力です。

 

鬼の起源には色々な説があり、中国の幽霊が日本に伝わって、やがて鬼と呼ばれるようになりました(諸説ありますが、とりあえずは一つ)。

そもそも、大陸の鬼は姿が見えず、陰陽師の鬼のように怨念や恨みが人の心を蝕んで生まれると考えられていました(実際にいますからね、鬼のような人は)。

漫画などで、奥さんが怒ると頭から角が生えて鬼に変わるのも、中国の鬼が女性の姿をしていることからそう言われるようになったのもしれません。

 

香港の人気映画に、「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」と言うホラーコメディー系の作品があります。

そのシリーズに出てくるほとんどの鬼(幽霊ですね)は、女性の姿をしています。

それも、どの鬼も絶世の美女であり、妖艶な姿に残忍さが混在した化物です。

中には、主人公に恋をして魔物ではなくなる鬼もいますが、怒った時に見せる本性は、まさに日本に伝わる鬼そのものです。

 

 

鬼と豆まきの関係

 

節分のは「魔滅(魔を滅する)」に通じるとされており、厄を祓い悪い気を寄せ付けない働きがあるとされています。

これには面白い言い伝えがあり、豆まきがいかにして鬼退治になったのかを説明しています。

 

今から数百年前、京都の鞍馬山には鬼が棲んでいて、女性に姿を変えては人を襲っていました(一説には穏人【隠れて見えない恐怖を運ぶ人】が鬼となったともあり、当時の鬼は野盗が変装していたのかもしれません)。

その日も、鞍馬山には鬼が出て、山に入る人の命を奪っていました。

そこへ、都からやって来た勇敢なお侍が、豆を使って退治したのです。

その方法が、毘沙門天のお告げによって示されたとされる、豆を鬼の目に向かって投げつけることだったのです。

 

ただし、鬼を退治するためには炒った豆でなければならず、生のまま投げるとそこから目が出て、かえって災いを呼ぶとされていました。

蒸かした豆を乾かして、干飯(ほしいい)のようにして使ってもいいのかも入れませんが、手間を考えると炒った方が簡単で早く済みます。

しかも、豆なら広範囲に投げることもできるので、まさに一石二鳥の武器となります。

 

豆を使う前は、鬼やらい(追儺)などと称して、桃の木の弓と葦の矢に、桃の木の杖を使って鬼を追い立てていました。

なぜまたなのかと言うと、桃源郷や不老不死の実でもお馴染みなように、桃には魔を祓う力があるとされているからです。

イザナギが、黄泉の世界にイザナミを探しにやって来た時も、桃の木によって危険を回避することができました(黄泉の国のゾンビ群に追い回されて、あわや捕まるかと思われた瞬間、黄泉の国の出口に生えていた桃の木から実を三つもいで投げつけたところ、ゾンビは退散したというお話です。これが元で生まれたのが「桃太郎」です)。

 

しかし、桃の木の力は絶大でも、広い範囲にまでは及ばないので、それにとって代わる武器としてを使ったのでしょう。

当時のお役人も、どこかで手を抜きたかったものと見えます。

豆を「魔滅」などとしたのも、多分に仕事の効率を良くするためのこじ付けかも知れません(穿った見方をするとこうなります)。

 

 

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おまけ

 

鬼の嫌いなもの

鬼が嫌いなものにはいくつかあり、豆と桃の木の他には、イワシの頭と柊(ひいらぎ)があります。

イワシの頭は生臭いところから、鬼の苦手なものとされています。

柊の葉っぱに至っては、「尖っているから」だと言われています。

 

生臭いものなら、それこそ魚のはらわたが一番強烈だと思いますが、そこは庶民に広がるように、当時からよく獲れたイワシになったのでしょう(イワシの頭と柊を組み合わせたイワシ柊は、魔除けの最強防具です)。

柊にせよ、とげの生えた草木は数多く、アザミとかボケとかは比較的身近にあったように思います。

とは言え、邪気を防ぎ、鬼門を守る木(表鬼門の北東に植えます)となれば、柊辺りが最適だったのでしょう(それに、柊の木はとても強く、大槌の柄に使われています。伊勢神宮のしめ縄には柊が刺されています)。

 

 

鬼の服装

彼らは常にパンツ一丁ですが、その模様は寅縞です。

またどうしてそうなったかと言うと、表鬼門の北東が鬼の住む方角であり、これを干支に直すと丑寅に当たります。

そこで、鬼には牛のような角があり、虎のような牙をもって、上半身は勇ましく裸で、寅縞模様の腰布を巻いているのです。

 

 

 終わりに

 

鬼は、人が作った想像上の生き物です。

しかし、人の嫌がることをし、他人に不幸を招くような人は、心の中に鬼を宿しているのかもしれません。

鬼は想像上の生き物だけに、心が勝手に作り出してしまうのでしょう。

 

人間の脳は、自分の意志とは無関係に、鏡の中に怪物を作ると言われています。

イタリアの大学での実験では、薄暗い部屋の中で被験者二人が向かい合って座わり、10分間お互いの瞳を見つめ合ったところ、9割の人が相手の瞳の中に怪物や幻覚を確認しました。

鏡を見ているときにもこれと同じような現象が起こり、人間の脳の働きによることが分かっています。

 

この実験からも分かるように、人の脳(心)は様々なイリュージョンを作り出し、場合によってはその幻覚に精神が飲み込まれてしまいます。

鬼は架空の存在とはしつつも、実際に奇行に走る人の脳(心)の中には、現実に鬼が棲息しているのかもしれません。

もし、この想像によって棲息する鬼を邪気とか瘴気というのなら、なるべく早く祓ってしまうのが良さそうです。

 

その方法は、炒った豆を投げつけることです。

ただし、くれぐれも顔や目を狙っては投げないようにして下さいね。

何せ、まだ鬼にはなり切っていないのですから。

 

良いせつぶんをお迎え下さい。

 

 

せつぶんが終われば、本格的な梅見の季節です。 豆は持って行かないように。

wwptalk.hatenablog.com

 

 

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