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さて、いかがなものかと?

暮らしに役立つ情報をメインとし、超常現象や都市伝説、さらに新作映画のレビューを掲載しています。

ディズニー・アート展2017東京 ミッキーマウスの歴史を公開!4月8日スタート!

唐突ですが、質問です。

「ねえ、ミッキー・マウスってどうやって生まれたの?」

そう、子供に訊かれた時、あなたはどう答えますか?

 

巨大企業の「ディズニー・カンパニー(The Walt Disney Company)」が、ここまで多くの人に知られるようになったのは、他でもないミッキー・マウスのおかげです。

そして、そのミッキー・マウスを生んだのが、ディズニー・アニメの生みの親でもある、ウォルト・ディズニー(Walt Disney)氏です。

かれこれ90年以上も昔のことでした。

 

 

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日本には、東京ディズニー・ランドとディズニー・シーがあり、毎年多くのお客さんが訪れます。

しかし、それとは全く別に、ミッキー・マウスが多くの仲間と共にやって来ることになりました。

今回は、ミッキー率いるディズニー・アニメのキャラクターが集まる、あるアート展に注目してみました。

 

もし、上の質問に答える自信がないようなら、ぜひこのアート展にお子さんと一緒に行ってみてはいかがでしょうか。

ここなら、ミッキー・マウスがどうやって生まれたのかを説明できるだけではなく、子供の夢を壊さずに、ディズニーマジックの裏側ものぞけるかもしれません。

それに、子供が大好きなディズニー・アニメについてのウンチクを語ることができれば、子供があなたを見る目も変わるかもしれませんね。

 

では、そのアート展のインフォメーションと、ほんの少しばかりのミッキー・マウス誕生の裏話をご覧下さい。

 

 

ディズニー・アート展2017 インフォメーション

 

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Copyright by Disney

 

 

タイトル

「ディズニー・アート展 いのちを吹き込む魔法」


期間

2017年4月8日(土)~ 9月24日(日)

 

開催会場

日本科学未来館 企画展示ゾーン

住所:〒135-0064 東京都江東区青海2丁目3番6号(東京・お台場)

 

開館時間

10:00~17:00

(入場は閉館時間の30分前までです。入場券も閉館の30前までには購入して下さい)

 

休館日

毎週火曜日(ただし、下記の日時はオープンしています)

5月2日、7月25日、8月1日、8月8日、8月15日、8月22日、8月29日

 

 

 日本科学未来館WEBサイト

www.miraikan.jst.go.jp

 

会場までのアクセス(交通案内)

1. 新交通ゆりかもめ

船の科学館駅」で下車する場合は、徒歩で約5分の距離です。
テレコムセンター駅」で下車する場合は、徒歩で約4分です。


2. 東京臨海高速鉄道りんかい線

東京テレポート駅」で下車すれば、徒歩で約15分の距離です。


3. 都営バス

日本科学未来館前」で下車、徒歩約1分です。

 

お問い合わせ

03-5777-8600(ハローダイヤル)

 

主催

日本科学未来館、日本テレビ放送網、読売新聞社、WOWOW

 

企画制作

ウォルト・ディズニー・アニメーション・リサーチ・ライブラリー

 

 

今回は東京展だけをご紹介していますが、大阪、新潟、仙台でも行われます。

上記に関する詳しい情報は、こちらでご確認下さい。

 

 

「ディズニー・アート展 いのちを吹き込む魔法」

 

ディズニー・スタジオでは、これまで56にも及ぶアニメーションを公開してきました。

その最新作が「モアナと伝説の海」になり、日本でも3月10日(金)に公開が決まっています。

「ディズニー・アート展 いのちを吹き込む魔法」では、ミッキー・マウスからこの「モアナと伝説の海」までの、約90年に渡るアニメーションの原画を見ることができます。

 

 

wwptalk.hatenablog.com

 

ミッキー・マウスがどうやって生まれたのか、またディズニー・アニメがどのようにして作られるのかなど、普段では決して目にすることのできない部分が見られます。

原画の数は450点もそろえられ、それら全てがディズニー・アニメーション・リサーチ・ライブラリーのキュレーター(その道の専門家)によって選ばれました。

日本において、ディズニー・アニメーションの原画を一般に公開するのは今回で三度目になりますが、これだけの作品数を展示するのは初めての試みです。

 

ディズニー・アニメーションの作り方は、色々なテレビ番組でも公表しています。

しかし、その裏側を、これほどまでオープンにしたケースはかつてありませんでした。

アニメーションの制作には会社独自のノウハウもあり、隠しておきたい部分もあるはずです。

 

それを、何の惜しげもなく公表するのには、ディズニー・アニメを今以上に身近に感じて欲しいといった、ウォルト・ディズニーの願いがあったのかもしれません。

とにかく、実写映画よりも複雑なアニメーションが、一体どのようにして生まれるのかを、じっくりと観察することができます。

さらに、原画は作られた時代の特徴を描いているので、年齢にかかわらず楽しむことができます。

 

1900年代に作られたアニメーションと、最先端の技術によって作られる21世紀のアニメーションを比べて見ることもできます(楽しみ方もバラエティーに富んでいます)。

初期の作品も、また最新作も、どちらも手書きによる一枚の絵が出発点であることは、また見どころの1つにもなります。

一人ひとりの夢にかなった作品は、きっと多くの方の共感を呼ぶでしょう。

 

とまあ、もっと詳しくご紹介したいところですが、これも映画のあらすじと同様で、あまり多くを語るとつまらなくなってしまいます。

ですので、展示会の説明はこのくらいにして、次はミッキー・マウスの生い立ちについてお話します。

 

 

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ミッキー・マウス生誕の裏話

 

ディズニーには、ミッキー・マウスは一人しかいません。

遠く離れた場所にでも同時に現れることがありますが、あれは瞬間移動をしているからできるのです。

ミッキーにはマジックが使えるので、世界の至る所へ「あっ」と言う間に現れることができます。

 

もし、子供に「ミッキー・マウスは何人いるの?」と訊かれても、一人しかいないと答えて下さい。

ディズニーは魔法の世界であり、誰が何と言おうと、この魔法は守られなければなりません(もちろん、あなたの言いたいことは分かります)。

たとえそうでも、大人が子供の夢を奪う権利はありません(夢は夢のままにしておきましょうね)。

 

たまに、夢の国に来ていながら(東京ディズニー・リゾートね)、子供のいる隣で平気で夢をぶち壊す大人がいますが、それなら初めからディズニーになど行かなければいいのです。

亡くなったウォルト・ディズニー氏が、大人も子供も、みんなが思い思いの夢にひたれるようにと作ったのが、ディズニー・ランドです。

夢を見に行っているのに、その夢から醒めるような行いをする輩は、ヘルレイザーに悪夢の世界にでも引きずり込まれればいいのです(それだけで済めばいいけどね~。怖いで怖いで~。( ̄ー ̄)ニヤリ)。

 

世界では、アメリカ大統領よりも多忙な人はいないと言われていますが、おそらくミッキー・マウスの方が断然忙しいと思います。

そんなに忙しいミッキーですが、彼がデビューしたての頃は全く注目されませんでした。

しかも、今のように洗練された姿になったのは、1955年にアナハイムのディズニー・ランドがオープンする少し前のことでした。

 

ミッキー・マウスが誕生したのは、1928年の5月でした。

アニメーターだったウォルトは、兄のロイ(Roy Disney)とスタジオ(Disney Brothers Studio:後のThe Walt Disney Company)を開いて、アニメの制作に取り組んでいました。

そこで1927年に作られたのが、「オズワルド・ザ・ラッキー・ラビット(Oswald the Lucky Rabbit)」で、ウォルトの新しいアニメーションとして公開される予定でした。

 

ところが、このアニメーションはウォルトの手を離れ、当時映画のプロデューサーだったチャールズ・ミンツ(Charles Mintz)氏に奪われてしまいます。

ミンツ氏は、「オズワルド・ザ・ラッキー・ラビット」で大成功を収め、オズワルドは1943年まで人気のキャラクターでした(ミンツ氏は、ウォルトのスタジオで働いていたカツーニストのほぼ全てを引き抜きました)。

ミンツ氏は、1939年までに390本ものアニメーションを作りましたが、彼のスタジオは彼が亡くなる直後にコロンビア・ピクチャーによって買収されてしまいます(やはり、因果は巡るのですかね)。

 

ウォルトのスタジオに残ったのは、アブ・アート・アイワークス(Ubbe Eert "Ub" Iwerks)氏ただ一人でした。

1919年にウォルトに出会って以来、彼を一番良く知るカツーニストでありアニメーターでした。

オズワルドを描いたのも、ミッキー・マウスを描いたのも、実はアイワークス氏だったのです。

しかし、このアブも、1930年にはウォルトと別れ彼自身のスタジオを開きます(半ば喧嘩別れでした。しかし、1940年には再びディズニー・スタジオに戻っています。残念なことに、彼の会社は1936年に倒産しました)。

 

ミッキー・マウスが初めて登場したのは、劇場に来たお客さんが見るスクリーンテスト用のアニメ、「プレーン・クレイジー(Plane Crazy)」の中でした(1928年5月15日初公開)。

ただし、この時のミッキーは大勢の中の一人であり、今のような姿ではなく、言葉も話しませんでした。

その後、ミッキーが登場するのは、「ギャロッピン・ガウチョ(The Gallopin' Gaucho)」「スティームボート・ウイリー(Steamboat Willie)」の2作品でした。

 

「ギャロッピン・ガウチョ」ではスポンサーも付かず、ほぼ失敗作となりました。

が、「スティームボート・ウイリー」ではバックに音楽を流し、またミッキーが言葉を話したことから、業界に一大センセーショナルを巻き起こしました(当時はまだ無声アニメが一般的だったのです)。

この後に作られた「シリー・シンフォニー(Silly Symphonies)」ではテクニカラーを採用し、ディズニーはこのシリーズで7度のアカデミー賞に輝きました。

中でも、1934年に公開された「ザ・ワイズ・リトル・ヘン(The Wise Little Hen)」は、ミッキーの友人であるドナルド・ダックが初めて紹介された作品でした(ディズニーのクリエイターとして有名な、9人の老人たち【Nine Old Men】が雇われたのもこの頃でした)。

 

しかしながら、ここでもまたウォルトは裏切られてしまいます。

「スティームボート・ウイリー」と「シリー・シンフォニー」の成功で、経済的には安定するはずだったのですが、そうは上手く行きませんでした。

なぜなら、ユニバーサル・ピクチャーズのパット・パワーズ(Pat Powers、当時の重役)はウォルトに正当な対価を支払わず、またユニバーサルとの契約が切られてしまったからです。

ただ幸運なことに、この時ミッキーの権利だけはウォルトに残されました(当時、ウォルトは重い神経衰弱にかかり、仕事ができなくなってしまいます)。

 

ユニバーサルを離れたウォルトは、今度はコロンビア・ピクチャーズと手を組んで、ミッキー・マウスのショートカツーン(短編アニメ)で大成功を収めます。

その後も、いくつかの短編アニメを作りましたが、1937年に長編アニメ、「白雪姫」を公開し、続いて「ピノキオ」「ファンタジア」を制作しました。

この間にも、ミッキー・マウスはディズニーのメインキャラクターとして活躍し、アメリカだけではなく世界中に知られる存在となったのです。

 

余談ですが、オズワルド(ミッキーの前に作られたウォルトのお気に入りキャラ)は2006年にディズニー・カンパニーによって権利が買われ、生れて80年が経った後で、ようやく制作者の元に戻ってきました。

2010年には、東京ディズニーランドでもそのキャラクターが公開されました。

テレビゲーム「ディズニー ・エピック・ミッキー 〜ミッキーマウスと魔法の筆〜」の中にも登場し、今やミッキーに並ぶ人気者です。

 

 

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Copyright by Disney

 

 

おわりに

 

つい書き過ぎてこんなに長くなってしまいましたが、映画を語る上ではディズニーを蔑ろにすることはできません。

アニメーションの発展はもとより、これまでのアニメ業界を支えてきたのも、ディズニーをおいて他には考えられないからです。

手塚スタジオも、スタジオジブリも、その規模でも斬新さでも、まだまだディズニーの足元にも及びません。

 

アニメーターとして、またプロデューサーとして、数奇な運命を辿ったウォルト・ディズニー氏ですが、もしオズワルドが他の会社に奪われていなければ、ミッキー・マウスは生まれていなかったに違いありません。

しかも、これほどにもアニメの中のキャラクターが成功した例はなく、ミッキーこそは、もはやアニメや映画を超越した実在の人物(ネズミですが)と言えます。

ディズニー・アニメを非難する人もいるようですが、これほど多くの人に支持され、また愛されるキャラクターは、世界広しと言えどもミッキー・マウス唯一人です。

 

そのミッキーの初期作からこれまでを一気に見られる展示会も、また特別な存在と言えるでしょう。

 

「ディズニー・アート展 いのちを吹き込む魔法」は、4月8日(土)からのスタートです。

 

 

三匹の子豚(Silly Symphony: Three Little Pigs、1933年作)

www.youtube.com

 

こちらもディズニー作品です。 出身はマーベル・スタジオですが。

wwptalk.hatenablog.com